機友会ニュースデジタル版 第7回 理工学部特任教授 牧川方昭先生 「歩くことは健康に良い」は正しいか?

「歩くことは健康に良い」は正しいか?  

理工学部・特任教授  牧川 方昭

この3月末で無事定年を迎えました.この場をお借りして、まずはこれまでの皆さんご支援に深く感謝したいと思います.これまで生体工学に関する研究を続けてきた経験から、今回は皆さんの常識に挑戦しようと思います最もバイオメカニクスの講義で教えていたので、講義を受けた方は理解しているはずですが!?

問題1)生体アクチュエータである“筋”と、機械で用いるアクチュエータの最大の違いは何か?

答え1)筋は収縮力しかだせない点が最大の違い.油圧シリンダのようなリニアアクチュエータでは伸展力と収縮力の両者を出力することができますが、筋は伸展力を出すことができません.実はこの点がバイオメカニクスの基本中の基本であり、様々な障害の原因でもあります.

では、心臓の場合はどうでしょうか?心臓は心筋細胞と呼ばれる筋細胞の集合体です.従って、心筋が全て収縮することで、心室、心房内に貯まった血液を全身に送り出すことはできますが、実は心臓は血液を回収する能力はほとんどありません.図1を見てください.これはヒトの血管の各部分の血圧値を示したものですが、全身に血液を送り出す大動脈入り口では大きな血圧が観察されますが、約2 kmの血管系を巡って、心臓に血液が帰る大静脈の出口では、血圧はほぼ0です*1

問題2)心臓に血液を送り返すための仕組みを答えよ.

答え2)この問に答えるためには、動脈と静脈の構造の違いを知る必要があります.動脈はいわば血管を通すためのチューブですが、図2に示すように、静脈は単なるチューブではなく、逆流防止弁があちこちに設置されています.しかも、静脈は筋肉の隙間を縫うように配置されています.従って、筋肉が収縮すると、静脈がつぶされ、逆流防止弁があるおかげで、つぶされた静脈内の血液は心臓の方へ強制的に移動していきます.

これが血液を心臓に送る仕組みということになります.すなわち、動脈での血液の流れは心臓の血圧によるが、静脈での血液の流れは、逆流防止弁による静脈自体の血液移動機能による、ということです.

問題3)ヒトの脚*21本は体重の何%を占めるのでしょうか?

答え3)答えは、体重の約1/4です.図3に示すように、体重心は下腹部にあります.TVのミステリー番組などで死体を運ぶシーンがありますが、ちょうどこの体重心を肩に位置させて死体を運ぶ様子を思い出せば納得がいくでしょう.この体重心から下半分はほぼ2本の脚しかありません.従って、脚1本の重さは体重の1/4になることは理解出来ますね.

ここで重要なことは、脚は中央に位置する骨以外は、ほぼ筋で構成されている点です.問題2)に示したように、静脈での血液の流れの基本は筋収縮です.しかも2本併せて体重の半分を占める脚は筋肉の塊です.

もう納得していただけますね.“脚は第2の心臓”と呼ばれる理由が.歩くことで、第2の心臓が機能し、全身に行き渡った血液が無事に心臓に帰ることができる訳です.血行が良ければ、体の隅々まで十分な酸素、栄養とメンテナンスに必要な機能細胞、物質が行き渡り、少々具合が悪い組織、臓器も自然治癒力が働き、健康が保てます.

逆に歩かなければ、第2の心臓は機能しませんので、血液の回収はひどく悪いものになります`3

もう、お分かりですね.歩行は健康サプリ同列には位置しません.表題の質問の答えは、「歩くことは健康に良い」ではなく、「歩かないと健康は維持できない」が正解です

よく、「いつもより大股で、早めに歩きましょう!」とか、「できるだけ階段を利用しましょう」とよく言いますが、心肺機能を高めたい、筋力を高めたいならともかく、健康維持には通常の歩行で十分です.むしろ筋を動かす時間の方が大事であることも理解できますよね.

健康になりたいなら、繁く筋を使う必要がある訳で、歩行が最も連続して筋収縮を持続させる最も手軽な方法です.だから、歩かないと健康を損なうことになります.

皆さん、とにかく歩きましょう!

*1あまり言及されないのですが、人工心臓の実現が非常に難しい理由の1つに、このヒトの心臓は血液を送り出せても、血液の回収は行えない点があります.人工心臓のメカニカルポンプでは、血液を送り出すと同時に、ヒトの血液回収メカニズムを無視して、強制的に血液を回収しています.現状の人工心臓はヒトの血管系の機能をちゃんと考慮していないということです.人工心臓では、血栓ができやすい理由もなんとなく分かりますね.

*2同じ“あし”ですが、“足”はくるぶしから下を指す言葉です.“脚”は股関節から下全てを指します.日本語も英語同様、実はちゃんと区別しています.

*3 NHKの番組でも紹介していましたが、心臓に血液を戻すもう1つの大きな仕組みに呼吸に伴う、胸郭の動きがあります.呼吸をするために横隔膜を上下させる、胸郭を変形させますが、胸郭内が陰圧になる瞬間、弛緩した心臓に血液が戻ります.

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