機友会ニュースデジタル版第124回 平井 慎一 教授「面白かった本」

ロボティクス学科の平井と申します.機友会事務局より,お勧めの本を紹介して欲しいと依頼されました.お勧めの本の紹介は難しいので,面白かった本を紹介するということで今回の記事になりました.
  
「土偶を読む」 竹倉史人 晶文社 2021年
 昨年,話題になった本です.年末に買って読み始めたところ,あまりの面白さに一気読みしました.土偶の正体がわかったというのが本の内容です.土偶というのは,縄文時代の土製のフィギュア(造形)の一つです.私の田舎では,埴輪という土製のフィギュアが大量に発掘されています.こちらは時代が新しく(古墳時代),古墳という墳墓から出土しますので.祭礼という目的がわかっています.一方,土偶に関しては,祭礼用品という説,芸術作品という説,豊穣祈願に使ったという説など,さまざまな説がありました.子供のときに読んだ雑誌には,宇宙人の乗り物という説まで書いてあり,縄文人と巨大な遮光器土偶が戦っているイラストが描いてあったことを覚えています.
 この「土偶を読む」というタイトル,読むと納得します.序章に続く9章が,いろいろな土偶の「解読」,10章がまとめです.300ページを超える大部な本ですが,序章と第1章を読むと,著者の「インスピレーション」を掴むことができます.以降は,著者のインスピレーションが展開し,それがしっかりと裏付けされる様子を楽しむことができます.
 インスピレーションを得るまでに著者が行ったことがなかなか強烈です.遮光器土偶のレプリカを購入し,それと一緒にベッドで寝るとか,「縄文脳インストール」と称して,縄文人になりきったつもりで山や海を歩き回るとかしており,悪戦苦闘(楽しそうですが)の様子が伝わってきます.一方,インスピレーションの裏付けとして,縄文自体の海岸線と土偶が発掘された場所の分布を比較するなど,きっちりと考古学的な検証を行っています.
 「解読」の内容を書くわけにはいきませんので,個人的になるほどと思ったことを紹介します,それは貝の「ハマグリ」に関する話です.漢字で「浜栗」と書くこともあり,もともとは浜辺で見つかるクリそっくりの食べ物という意味だったそうです.確かに形はそっくりです.植物と動物を分類するのは現在の考えで,古代の人にとっては,食べられるかどうかが大事なので,木に生る「栗」と砂浜にある「浜栗」を区別する必要はなかったということです.
 土偶の「解読」にかかわって,話が「絵文字」や「カワイイ文化」までつながっていきます.また,新しい発見が世に出るまでの苦労や,決定的な偶然の出会いを垣間見ることができます.興味を持たれた方は,まず口絵を眺めてください.
  
「とんかつの誕生」 岡田哲 講談社 2000
  副題の「明治洋食事始め」が内容を表しています.明治時代の初めに,政府主導で西洋料理,すなわち「肉食」を導入します.それがどのように変容して,庶民に受け入れられるに至ったか,その過程での先人たちの努力と工夫の話です.
 日本史で習うように明治時代は,日本の社会が大きく変わった時期です.政治や経済の制度,科学技術,芸術など,多くの分野で西洋の影響を受けました.当然「食」も西洋の影響を受けました.江戸時代は限定的だった「肉食」が導入されたことが,最大の変化でしょう.そうは言っても,肉食がすぐに広く受け入れられたわけではないようです.とんかつの前身である「カットレット」の紹介が1872年,とんかつの誕生が1929年ということで,60年近い年月が経っています.日本人に肉食が広まったのは,「とんかつの誕生」以降とのことです.この60年近い年月における試行錯誤が,この本の内容です.
 明治初期の肉食は,政府主導の「上からの肉食」だったそうです.福沢諭吉が米食を廃止して肉食を進めるべきという意見を出すと,それに対抗して森鴎外が米食中心で行くべきだという意見を出すなど,いろいろな論争があったようです.しかし,このような「上からの肉食」は,当然のことながら一般に広まることはありませんでした.一方,豚の飼育が広がり,豚肉の料理が少しずつ紹介されるという流れのなか,日本人が食べやすい豚肉料理を多くの料理人が試行錯誤して作っていきます.その集大成が「とんかつ」ということです.
 とんかつの前身である「カットレット」は,フライパンに薄く油を引いて肉を炒めるという「シャロー・ファット・フライング」という技法を使っています.一方,「とんかつ」は,たっぷりの油を深い鍋に入れて揚げる「ディープ・ファット・フライング」という技法を使っています.「ディープ・ファット・フライング」はもともと「天ぷら」の技法とのことです.この技法の違いが決定打となり,豚肉料理が普及する結果となったとのことです.確かに,天ぷらは江戸時代にポピュラーになっていますので,揚げ方や味わいにはなじんでいたと想像できます.さらに,温野菜の代わりに刻みキャベツを使う,和からしを添えるなど,さまざまな工夫が重ねられて,現在に至っているとのことです,
 日本ではキッチン道具の種類が多いという話を聞いたことがあります.家庭で和洋中さまざまな料理を作るのは,日本の特徴でしょう.この本には,とんかつの話に加えて,あんパンやカレーライスの話もあります.先人たちの努力と工夫に敬意を表しつつ,いろいろな料理を楽しみたいと思います.
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