機友会ニュースデジタル版第20回 ロボティクス学科 岡田志麻 先生 「工学的なアプローチで「睡眠」を科学する」

「工学的なアプローチで「睡眠」を科学する」

ロボティクス学科 准教授 岡田志麻

はじめまして,今年度から理工学部ロボティクス学科に着任した岡田志麻と申します.宜しくお願い致します.専門は生体工学で,主に無拘束,非接触な生体計測手法に関する研究に従事しています.なかでも修士~博士~現在に至るまで継続的に睡眠計測に関する研究を続けています.ですので,今回は睡眠とその計測方法についてお話したいと思います.

1.人生で費やす睡眠時間.

あなたは何歳まで生きていると思いますか?例えば,私は90歳までは頑張りたいと思っています.その場合は90を3で割ってください.下記の通り30となるわけです.

90÷3=30

この30という数字は何を表すかといいますと,30年です.それは,私が人生で睡眠に費やす時間です.90歳まで生きるとした場合,30年は眠っていることになります.ちょっと驚きませんか?実際に計算して数字を出してみると思ったより長い時間を睡眠にかけていると感じるのではないでしょうか.30年もの間何をしているのかといいますと,日々の記憶の整理や心身の回復,身体機能の修復を行っているのです.

2.  睡眠中は心身の状態は一定?

30年もの間眠っているわけですが,普通は睡眠時の記憶はありません.ですので,上記ように考えるのは当然のことです.しかし,睡眠中の心身の状態は時々刻々と変化しています.図1をご覧ください.一般的な成人男性の一晩の睡眠サイクルを示しています.

図1.典型的な睡眠ステージのシフト

寝付いて少しするとStage3~4の深い睡眠が始まり,しばらく続いた後に軽い睡眠を経て REM睡眠(Rapid eye Movement)に移行します.これを90分ほどのサイクルで3~4回繰り返します.前半は深睡眠が多く占め,後半はREM睡眠が多くなります.深睡眠中は脳の活動電位が低下している状態で,脳を休める睡眠といわれています.一方,REM睡眠中は覚醒時に近い脳波が発生します.このREM睡眠時に夢をみるといわれており,記憶の整理や固定が行われています.体動頻度が極端に低下することから体の休息と考えられています.また,REM睡眠が終わりステージが以降する際に,大きな体動を起こすことから,覚醒時に体を動かすプログラムの整理をしているとも考えられています.このように,睡眠時には,次の日に元気に活動できるように脳や体の活動を入れ替えながら,心身の回復や機能の整理を行っています.つまり,睡眠時の脳や身体の活動の変動をみることで,疲労の蓄積や,回復を評価することが可能になります.

3. 入院しなければ正確な睡眠は測れない?

睡眠ステージを計測するためには,一般的には病院でポリソムノグラフィ検査を受けなければなりません.計測項目は脳波を複数点数,眼球運動,筋電位,心電図,呼吸となり,多くの電極を設置し,多数のリード線に繋がれたまま就寝しなければなりません.市販の睡眠計測機が販売されていますが,PSGと精度比較されたものは少なく,独自の眠り深さの定義で評価結果を返しているため,心身の疲労の蓄積や,回復を詳細に評価することは困難です.

このような背景をうけて当研究室で研究している完全非接触睡眠計測システムについてご紹介いたします.現在,開発中のものは,就寝中の様子を動画に残しておけば,睡眠ステージを推定できるというものです.カメラは赤外線機能がついていれば,安価なwebカメラでも実証済みです.この技術では,就寝中の体の動きのみを対象とし,その動作から睡眠ステージを推定します.脳の活動をどうやって...?と思われる方も多いかも知れません.図2をご覧ください.

図2.睡眠による大脳活動の低下と身体活動の関係

人間は外界からの刺激に対して,中枢系で判断を行い,行動や動作を起こします.このため,大脳の活動低下は行動や動作といったものの出力に反映されます.これを利用して,体の動きのみから睡眠ステージを推定するアルゴリズムを開発しました.現在ではとWake,軽睡眠,深睡眠,REM睡眠の4段階をポリソムノグラフィとほぼ同等の状態で推定することが可能です.

4. 睡眠研究を通して.

まず,上記のような無拘束睡眠計測技術により,家庭で簡単に日々の睡眠を計測することが可能になります.今後はこれを用いて,日中の行動や心身に影響を与える事象と睡眠の関係性について明らかにしていきたいと考えています.

また,睡眠の生理や機能については上記で述べた通り,多くのことが明らかになっていますが,たとえば人はなぜ眠るのか?や眠らなければどうなるのか,についてはまだまだ多くの研究が継続中です.これらのことが明らかになって初めて睡眠という長い時間を有効に使う方法を考えていくことができます.このことから,今後の睡眠の新しい機能を知ることに貢献できるような計測システムを提案してきたいと思います.

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