機友会ニュースデジタル版第117回 R-GIROキックオフシンポジウム発表内容 山末 英嗣 先生

「資源パラドックス問題の解決に向けたマルチバリュー循環研究拠点」 山末英嗣

機友会ニュースデジタル版第117回

皆さんこんにちは.このたび第4期R-GIROに表記のようなテーマでプロジェクトが採択されましたのでご紹介したいと思います.早速ですが,プロジェクトのタイトルにもある「資源パラドックス問題」とは何でしょうか?これは大して難しい物ではなく,もしかしたら皆さんが薄々感じていることかもしれません.

例えば,今,世界中で注目されているものに電気自動車があります.これは走行中に二酸化炭素を排出しない環境に優しい乗り物とされています.しかし本当に電気自動車は環境に優しいのでしょうか?電気自動車を作るためには,電池(リチウムイオン電池)やモーターが必要です.そこにはコバルト,ニッケル,銅をはじめとする希少資源が多く使われていますが,それらは従来の自動車には使われていないか,使われていたとしても少ない量です.この追加的に必要な資源が環境に悪さをしないという保証はどこにあるのでしょうか?

私たちの研究によると,電気自動車の資源効率はせいぜい10km/Lの燃費を有するガソリン自動車と大して変わらないことが分かっています(参考文献).この原因は,リチウムイオン電池製造による資源消費が非常に高いことによります.残念なことに,今後,より航続距離の長い(つまりバッテリー容量の大きい電気自動車)が現れると,この状況はさらに悪化します.このような「ある環境問題を解決するために,資源が過剰に投入されてしまうような問題」を我々は「資源パラドックス問題」と定義しています(日本語解説論文).本プロジェクトでは,種々のグリーンイノベーションに関わる資源パラドックス問題を解決すべく,自然科学,社会科学,政策科学という学際的な視点から一丸となって取り組むことを目標としています.

そこで肝心となってくるのが,「ライフサイクル思考」です.すなわち製品の使用段階だけでなく,製造段階,廃棄段階における環境負荷を全て把握し,最適な解決方法を提案しなくてはなりません.自動車業界でも2030年にはLCA規制(ライフサイクル分析規制)なるものが導入されようとしていますし,つい先日の2021年3月には自動車工業会会長(つまりトヨタ自動車社長の豊田章男氏)も定例会見でライフサイクル思考の重要性を述べています.機械工学科の学生さんに私の研究紹介をする際,ライフサイクル思考の話をすると,「それって機械工学科と何の関係があるんですか?」と質問を受けることがあります.でも,実は機械工学科に限らず,全ての工学系研究者は本来ライフサイクル思考に基づいて注力すべき研究対象を見定めなければならないのです.本プロジェクトはライフサイクル思考を取り入れながら研究を進めます.

具体的には,このプロジェクトは大きく3つのグループから構成されています(下図)

機友会ニュースデジタル版第117回

グループ1では,適材適所で資源を活用する材料・プロセス開発(=サスティナブルマテリアルデザイン)を行います.希少資源を使用しない高機能材料(調和組織材料)の開発を軸としますが,ライフサイクルで考えて元が取れる部材にはしっかりと希少資源を利用します.材料開発だけでなく,持続可能な材料加工技術,そして私学としては唯一放射光施設を有する立命館大学の環境を活用しリチウムイオン電池の劣化機構も解明します.

このように開発した材料・製品もいつかは使用済みとなります.これらを有効にリサイクルするための手法を開発するのがグループ2です.学外研究者(早稲田大,所千晴教授)にもご参画頂き,使用済み製品を効率よく解体し,部品毎,素材毎に分解する手法を実験,シミュレーション,機械学習を援用しながら開発します.そして分類された素材は新しい熱源であるマイクロ波を用いて高速かつ高効率でリサイクルします.

グループ3では,まず開発した材料やプロセス技術をライフサイクル思考に基づき評価します.評価はボトムアップアプローチだけでなく,学外研究者(東北大,松八重一代教授)にもご参画頂くことでトップダウンアプローチも組み込みます.また,資源の有効利用は技術だけで無く,シェアリングエコノミーやサブスクリプションビジネスといった社会システムでも対応できる場合があります.本グループでは,東京大学の木下裕介准教授にチームリーダとして加わって頂き,資源パラドックス問題を解決できる社会システムのあり方とその効果についても評価を行います.最終的には,開発した技術を社会に導入するための政策・施策デザインを開発します.

本プロジェクトは理工学部機械工学科(材料創成・材料評価・材料加工),物理科学科(放射光材料評価),電子情報工学科 (機械学習),環境都市工学科(ライフサイクル評価),政策科学部(政策デザイン),学外(早大・資源工学,東北大・環境エネルギー経済学,東大・精密工学)のメンバーから構成され,複数の異分野が融合した極めてユニークな構成となっています.

なお,本プロジェクトの発足を機に,学内センターである「環境テクノロジー・マネジメントセンター(センター長:山末)」と連携しつつプロジェクトを進めることとなりました.その一環として,テクノコンプレクス内にあるハイテクリサーチセンターにプロジェクトメンバーを中心とする教員の持つ装置類を集約させ,材料開発・分析拠点としても活用できるようになりましたことをご報告申し上げます.

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