手嶋 教之先生の機友会ニュースデジタル版第2弾です!
「経済からみた医療・福祉と福祉工学」
ロボティクス学科の手嶋教之です。先日寄稿したばかりですが、機友会会長の津田先生からもう一本寄稿してほしいとの求めを受けまして、続けて寄稿させていただきます。前回は当方が専門とします福祉工学に関連して福祉の理想のお話をさせていただきましたので、今回は医療福祉の現実のお話をさせていただきます。
日本は民主主義国家ですが、多数決で決定するこの方式は下手をすると弱者やマイノリティの利益を切り捨てることにつながります。資本主義経済では、福祉なんか切り捨てるほうが効率的です。つまり福祉は、余裕があってはじめて推進できます。しかし残念ながら現代はだんだんこの余裕がなくなってきているように思えます。
日本の2015年度の社会保障給付費(医療、年金、福祉その他)は約115兆円で、対GDP比では21.6%にものぼります1)。1990年度の対GDP比は10.5%でしたからこの25年間で2倍以上に増えたことが分かります。この社会保障給付費が現在の日本の財政を圧迫しています。これが消費税率引き上げの理由にもなっていますし、財務省は厚生労働省に対して、これら社会保障給付費の削減を強く求めています。そこで数年ごとの制度改定の際に、費用削減や給付対象の縮小などが行われてきました。
諸外国の制度と比較してみましょう。
アメリカ合衆国は自助努力の国です。各自が自分の収入に合わせた保険に加入して、その金額の範囲内で治療等を受けることができます。初診料が150~300ドル、急性虫垂炎(盲腸)で手術を受けて1日入院したら1万ドル以上などと医療費は高く、保険で対応できなければ自費で払うことになり、払える見込みがなければ治療はません。それを解決するためにメディケアという高齢者や障害者らの医療費をカバーする保険が作られていますが、当然大赤字です。今改廃が議論されているオバマケアはこのメディケアをより充実させたもので、弱者への保障を大きくしすぎて中高所得者や企業への負担が大きすぎるとトランプ政権や共和党は主張しています。
イギリスでは原則として本人負担なしで医療サービスが受けられます。そのため医療費が政府予算の多くの部分を占めています。またタダですから多くの人が病院に来て長く待たされます。当方がイギリスに滞在していた2004年ごろには、専門医を予約すると半年待たされることもよくあると言われていました。当時知り合った立命館OBの方が心筋梗塞で倒れた際、救急医療で助かりましたが、そこを出て次の予約は半年後だったそうで、急遽日本に帰国して治療を受けていました。もちろん日本人だからできたわけで、現地の人たちはそんなことはできません。それが嫌ならば全額自己負担で受診できる病院に行くことになります。福祉機器等も同様で、長く待たされますが無償で入手できます。
スウェーデンは高福祉社会で有名な国ですが、その財源として高い税負担が求められます。消費税に当たる付加価値税の税率は25%ですし、所得税も日本よりはるかに高く、年収400万円程度で約30%、年収600万円程度で約50%だそうです。累進課税のためにたくさん働いても手取りはあまり増えず、ほとんどの夫婦は共働きでないと生活できません。この方式は政府への高い信頼がなければ維持できません。若いうちに重い税負担に耐えたのに年を取ったら制度が変わって恩恵を受けられないなどとなったら大問題になりかねません。事実2014年に政権交代がありましたが、この制度はそのまま維持されました。
日本の今の制度を維持するのは経済的負担が大きくて問題ですが、上述のように他国もこの問題をうまく解決する方策を見つけられていません。どのやり方も一長一短があり、必ず誰かに負担が発生してしまっています。今後の日本においてどのような医療・福祉制度が最も望ましいかは、真剣に国民全体で議論すべきだと思います。
当方の担当している一般教養科目では、このような内容を説明して学生同士でディスカッションをさせています。今は大学生全員が選挙権を持っていますから、日本の未来を真剣に考えてほしいと願っています。
以上簡単に説明しましたように福祉分野は経済的に厳しいので、今実際に使われている福祉機器のほとんどは枯れた技術を使ったものです。枯れた技術とは、長期間多くの人によって使われ、不具合などがすでに検証・修正され、誰でもが安定して安く利用可能な技術のことを指します。そうなると、大学の持つシーズは福祉機器には役に立ちにくいのが実情で、この点は大学での福祉工学研究の大きな問題点になります。当方は枯れた技術をいかにうまく福祉分野に応用するかという面でのノウハウを蓄積することの重要性を訴え、研究を実施しています。
福祉ロボットのようなハイテク機器は研究の対象としては面白いのですが、経済面からみると一部の金持ちだけのためのものになりかねません。そうならないようなビジネスモデルを考えなければ実際に使われることは期待できません。たとえば、それまで介護を受けていた重度障害者らが福祉ロボットなどを使って就労可能になり、納税するというビジネスモデルを考えています。これならば政府の経済的負担は小さいので、将来的に多くの補助金をもらえる可能性があると思っています。介護用ロボットであるならば、介護の人件費よりもコストダウンできない限り導入してもらえません。
高齢者が増え続けている現状において、福祉機器やサービスの市場が増えるだろうと新規参入してくる企業は多いのですが、その大多数は儲からずに数年のうちにつぶれたり、撤退したりしているのが実情です。なぜなら上述のように政府補助金は削減傾向にありますし、補助金がなければ買わない人が大多数ですから。また高価なハイテク機器ではなく、簡単にはまねできないノウハウが詰め込まれた安価な機器の方が必要とされていますから。
当方はこれまで全国の10府県で、福祉機器・サービス分野への参入を考えている中小企業向けに講演を行った経験があります。その中では市場の特異性やニーズ把握の難しさなどを十分にご理解いただいた上で、参入するかどうかを決めていただくことを推奨しています。もしも機友会会員の中でこの分野に興味がある方がいらっしゃいましたら、詳しくお話しさせていただきますのでご一報いただければ幸いです。
1)国立社会保障・人口問題研究所、社会保障費用統計(平成27年度):http://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-h27/fsss_h27.asp