「プリンの研究!?」
松野 孝博
機友会ニュースデジタル版をご覧の皆様、はじめまして。現在、ソフトロボティクス研究室(平井研究室)で専門研究員をやらせて頂いております松野孝博と申します。
皆様は、意外なことが切っ掛けで始まった研究というものを耳にしたことはありますか?こういった研究はおそらく数多く存在すると思います。しかし、研究発表や論文は学術的に最低限必要なことを簡潔に述べるものであり、これらの“余談”は、なかなか日の目を見ることがありません。そこで、今回はせっかくの機会ですので、平井研の変り種の研究が始まった経緯について、一つご紹介させて頂きたいと思います。
すべての始まりは、大学に新設された食マネジメント学部の教授である和田有史先生と平井先生の会話からでした。心理学を専門とされる和田先生は以下のようなことを話されたそうです。
「人間は揺れる物体を見ることで、その物体の柔らかさの程度を知覚できる」
「例えば、人は揺れるプリンの映像を見たとき、そのプリンを柔らかい物と認識するが、揺れない映像からでは柔らかさを認識しない」
このお話を聞かれ、平井先生と助教の王先生はすぐ理解された様ですが、私はいま一つピンと来なかったため、この内容について検証することにしました。
まず私は、柔らかい本物のプリンと、プリンのような剛体をそれぞれ作り、揺らすだけで柔らかい本物のプリンを見極められるかを検証することにしました。これを実施するためには、プリンの作り方を勉強する必要があります。気合いを入れて料理本を数冊購入しますが、意外にも基本的なプリンの作り方は簡単で、以下の2工程で作れました。
①卵と牛乳をよく混ぜ、容器に移す(比率は本によって異なりますが、重要!)
②沸騰しない程度にゆっくり加熱する
作成できたところで検証を行いましたが、その結果は明らかでした。図1および図2が、実際に作った本物のプリンと、プリンのような剛体です。静止している図1の状態では、どちらが本物か判断つきません。しかし、図2のとおり揺らすとすぐにわかります。明らかに人間は、揺れから柔らかさを知覚しています。実は購入した料理本にも、プリンの焼き上がりの確認方法として、“プリンを揺らす”という事が書かれていました。揺れから柔らかさを知覚できる事は、料理をする人にとっては常識だったのかもしれません。
図1 本物のプリンと偽物のプリン(静止画)
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図2 本物のプリンと偽物のプリンの揺れ
こうして一人補習授業を終えた私は、和田先生の話を理解できたと共に、新たに“プリン作り”という能力を手に入れました。調理工程①の卵と牛乳の比率を変えればプリンの柔らかさが変わるので、この微調整で自分の好きな硬さのプリンを量産できるはずです。しかし、これがとてつもなく難しい事でした。
とりあえず作って食べてみる、という行為を繰り返してみましたが、私の口の感覚では柔らかさの程度が判断付きません。そもそも自分の好きな柔らかさがどの程度だったか、自分でも曖昧です。こうして、まずい自作プリンを食べ続けることで気持ち悪くなってきます。なにより、これ以上材料を無駄にすることは、全国の鶏、乳牛、そして私のATMに優しくありません。この状況を打開するためには、自作したプリンの柔らかさを、客観的に知る必要があると考えました。
ここで和田先生のお話を振り返りました。物体を揺らして知覚できることは、“柔らかさの程度”です。例えば、図3はそれぞれ材料比の異なるプリンであり、左のプリン(1)は「卵1.5個:牛乳100cc」、右のプリン(2)は「卵1.5個:牛乳50cc」です。これらを揺らしたとき、振動が異なることを目視で確認でき、柔らかさが違うことを知覚できます。この揺れの差を人間の感覚ではなく機械に計測させることで、自作したプリンの柔らかさを客観的に知ることが可能であると考え、フリーの動画解析ソフトを用意しました。揺れるプリンの映像を撮影し、各プリンの頂点の動きを追跡して、時間と水平方向の位置を数値でまとめることができます。図4がその結果であり、各プリンの振動の位相差および応答倍率がわかります。これらの計測値はプリンによって異なり、各プリンの柔らかさを客観的に数値で評価できることが確認できました。
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図3 柔らかさの異なるプリンの振動
図4 柔らかさの異なるプリンの振動の計測結果
検証は途中から趣味の方向へ逸れてしまいましたが、後日先生方とお会いしたとき、これらについて簡単にお話しさせて頂きました。ここで、プリンに限らず食品の物性測定の重要性や、既存の計測装置における欠点などをお聞きし、それらを踏まえて、今回行った“揺れを用いた柔らかさの数値的計測”に意義があるとの判断が出て、研究として開始することになりました。つい先日、国際会議で研究成果の第1段階を発表したところです(平井研HP 「研究成果」よりご覧いただけます http://www.ritsumei.ac.jp/~hirai/ )。
以上が、私が経験した意外な研究の始まり方でした。最後になりましたが本研究を始めるにあたって、平井先生、和田先生、王先生には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。また、本稿を最後までお読みになっていただいた方、本当にありがとうございました。
※当時あまり写真と動画を撮っていなかったため本稿の画像は再現し撮り直したものです。