「カナダからのレポート」
ロボティクス学科の加古川と申します.2017年4月より学外研究のためカナダのオンタリオ州にあるウォータールー大学というところに来ております.帰国まで残り1ヶ月程となりましたが,滞在の様子を報告させていただきます.
【きっかけ】
きっかけは共同研究を行っている企業の方に同行させていただいた昨年4月のアメリカ・カナダ出張でした.最終日の用務先がトロントだったのですが,偶然にもその企業の方の知人がトロントからバスで1時間半ほどのところにあるウォータールー大学に留学中だったので,ついでに訪ねることになりました.訪問先は溶接研究を行っているエイドリアン先生という方で,同じ機械系でもロボットとは少し分野が異なっていたのですが,せっかくなので現地を見学するだけではなく研究を紹介することになりました.
当日は簡単にスライドを準備し,エイドリアン先生はロボット工学に興味のある学生さんや研究者の方を呼んで下さいました.研究発表とディスカッションを終えた後,エイドリアン先生とその後近くのレストランへ食事に行く事になり,話の流れで私がもしウォータールー大学に研究滞在の申請をしたら受け入れてくれるか,という話をしてみたところ,会って間もないにも関わらず意外にもあっさりと「もちろん」と快く応えて下さいました.ただ,エイドリアン先生とは研究分野が少し違っていたため,ウォータールー大学でロボット工学分野の研究を行っている複数の教員の方々を紹介いただき,日本に帰国後何度かメールをやり取りする中で最終的に最も研究テーマの近いスー先生という方の研究室に滞在することになりました.
どこの馬の骨だかわからない私のような人間をこれまたあっさりと受け入れていただいたのですが,スー先生は立命館のロボット研究について論文等を通じてよくご存知で,それが受入の1つの要因にもなっていた可能性があるので,私にとってはこれまで立命館のロボティクス学科を牽引してきた関係者の方々に対しても有り難いことでした.こうして色んな出会いが重なり,私の研究滞在が始まりました.
後で知ったことですが,たまたま今年はカナダ建国150周年で,ウォータールー大学創立60周年の記念すべき年でした.
正門にて | 工学部の建物Engineering 5 通称E5 |
【ウォータールー大学について】
今となってはお恥ずかしいのですが,当初私はウォータールー大学という名前を知らず,「イギリスのロンドンにそんな名前の駅があったな」という程度の認識でしかありませんでした.しかし,海外の友人から話を聞いたり自分で色々と調べたりしてみると,欧米では名の知れた大学であり,コンピューター・サイエンス,数学,工学の分野では定評の高い研究型大学であることを知りました.また,ウォータールーにはカナダのシリコンバレーと呼ばれるほど大学を中心に多くのテクノロジー関連企業が集まっています.日系企業もたくさん見かけました.また,GoogleやMicrosoftなど,アメリカのシリコンバレーで雇用される人数がスタンフォード大学に次ぐ2番目とのことでした.
特に大学の評価を押し上げている要因に産学連携が挙げられます.まずコーオプと呼ばれるインターンシップ制度がウォータールー大学では非常に充実しています.多くの学生さんは学部生の間に最低4ヶ月間企業で有給の研修を行い,5年をかけて卒業していきます.私もコーオプ経験者やこれから行く予定の学生さんにたくさん出会いました.逆に企業が大学にエンジニア等を派遣し,一定期間研究を行うことも頻繁にあります.また,多くの研究が企業からの奨学寄付金によって支えられていて,それらが物品購入だけでなくたくさんの若手研究者の雇用にも使われているため彼らの成長も促し,とても良い循環を生み出しているように感じました.
このようなウォータールー大学ではこれまでに数多くの企業が誕生しており,代表的なものでは携帯電話のBlackBerryで有名なRIM(Research in Motion)や数式処理用のソフトウェアで有名なMaple Softなどがあります.また,Web開発でよく使用されるPHP(Hypertext Preprocessor)という プログラム言語もこの大学の卒業生が生み出したものです.私はこのPHPという言語を使ってよくプログラムを組むことがあるので色々な事が頭の中でつながって内心とても興奮していました.幸いにも,かつて BlackBerryのオフィスがあったEast Campusというところに机を用意していただき,私はこちらへ通うことになりました.
同じく工学部の建物 East Campus 4 通称EC4(旧BlackBerryオフィス) | EC4内部の私の Cubicle |
【なぜウォータールーなのか】
エイドリアン先生やスー先生との出会いや,上記で述べた点が私にとって滞在を決めた理由になったことには違いないのですが,もうひとつ,私はかねてから日本とはかけ離れた英語圏の環境に身を置いてみたいという想いがあったため,日本人がほとんどいないということもとても魅力的に映りました.私がこちらで今まで出会った日本人はウォータールー大学に博士号を取りにきている慶應大出身の方と1ヶ月だけ短期で滞在しに来ていた広島大の方のみでした.他にも探せばいるのかもしれませんが,こちらで新しい友人ができる度に「日本人は君だけだ」と言われます.
人種は本当に多様で,カナダ国外出身者の割合は学部生で2割弱,大学院生で4割弱,教員で3割弱といったところでしたが,理系の分野ではこれらの数字が上がります.また,両親がカナダ国外出身者の場合はこれらにカウントされないのでもっと多くの国外出身者が在籍しているように感じました.
こちらへ来るまでは,正直なところ言葉は何とかなるだろうと思っていたのですが,現地に着いてその自信はすぐに打ち砕かれました.一対一の議論であれば相手も多少は気を使ってくれるので自分の言いたいことを伝えることができても,複数人で議論する場合,特に自分の意見を主張するような場面では,自分だけ取り残されることが多々ありました.また,生まれも育ちもカナダという人たちと飲み会に行くと冗談についていけず皆の輪に入れない,なぜ笑っているのかわからない,という悔しい思いをしました.後でこっそり意味を聞くと大抵が汚い言葉だったのでついていかなくて良いと言われましたが….
【寮について】
それでも私が滞在している寮にはオンタリオ州以外の出身者やヨーロッパをはじめ,中南米,東アジア,中東,アフリカなどから来ている留学生がたくさんいて毎日ひとつ屋根の下,同じ釜の飯を共にするので,彼らとの会話を通して時々惨めな思いをしながらも互いに感じた寂しさなどを共有しながら自然に会話に参加できるようになっていきました.中でも,ドイツのカールスルーエ工科大学というところから客員研究員として来ていた方とは年齢もほとんど同じで立場も似ていたため本当に仲良くなりました.7月末にドイツへ帰国してしまいましたが,週末になると毎週のように観光に出かけました.
私が寝泊まりしている寮そのものは大学の管轄ではなく民営であるため,学生以外にもMaple Softをはじとする企業のエンジニアや英語の講師なども一緒に生活していて実に多様です.また,寮の隣には日本で言うところの老人ホームが併設されており,食堂は彼らと共同で利用しています.必然的に年配の方とも話をする機会が増え,彼らの会話の速さが若者よりは遅いためか私にとっては聞きやすく,日本のことやカナダのことなど,本当に色んな話をしました.ただ,これだけ老若男女多様な人間が同じ寮に住んでいると文化や常識,考え方が違うためかトラブルが絶えませんでした.本当に毎日色んなことがあり,慣れるまで苦労しましたが,それはそれで良い勉強になったと思っています.
【研究室・学生さんについて】
残念なことに私がカナダへ渡る少し前にスー先生も5月から12月までカナダ国外へ滞在することになり,数回ある一時帰国を除いて直接会って話をすることができなくなりました.ただ,有り難いことに研究室の学生さんを補助として2人付けて下さり,彼らが私の研究をサポートしてくれました.
ウォータールー大学では,日本とは異なり学部4年になっても研究室には所属しない(これは欧米では一般的かもしれません)ため,ほとんどが大学院生です.また,その多くが他大学出身者で,私の所属している研究室では,コーネル大学,ジョージア工科大学,ミシガン大学など,アメリカの大学を卒業・修了した後にウォータールー大学に修士号や博士号を取りに来ています.ただし,Accelerated Master’s Programと呼ばれるコースを選んだ学生さんのみ学部4年から研究を開始することができます.週1回程度の頻度で彼らとミーティングを行い,議論を通じて色んなことが見えてきました.
どこでも言えることかもしれませんが,全体的に留学生のモチベーションが高いです.この理由はいくつかあると思いますが,まず,留学生の学費がカナダ出身者の約2.5倍と高額であることが挙げられます.理系の場合,日本円で年間約400万円であるため,皆必死で勉強しているように感じました.ただし,国内外の出身者を問わず,全体的に基礎学力が高く,特に力学やそれに基づくシミュレーションのスキルが高い印象を受けました.また,日本では,研究成果が大学帰属になることが多い中,ウォータールー大学では学生への帰属を認めているため,そのことも要因になっていると思います.一方,手を使ってモノをつくった経験のある学生さんは少ないこともわかりました.これについても世界共通の傾向なのかもしれません.
その他,日本の大学では学術誌への掲載が博士号授与の条件であることが多いのに対し,ウォータールー大学では全く要求されず,代わりにComprehensive Examと呼ばれる中間審査が約1.5年経過したときに要求されます.それほど難しいものではないだろうと考えていた私の予想は大間違いで,100ページ以上にわたる博士学位論文さながらの論文とプレゼンテーション形式の発表が両方要求されます.この審査を直前に控えた学生さんは皆とても気が立って緊張していました.
【ウォータールーでの暮らしについて】
*治安
カナダは全体的に治安の良い国だとは思いますが,ウォータールーはオンタリオ州の地方都市でさらに住民の多くが学生なので,夜中に1人で出歩いても危険な空気は全く感じませんでした.また,屋外での飲酒が法律で禁止されているため,飲み過ぎによるトラブル等もほとんど見かけませんでした.
*交通
正直なところ交通機関は便利であるとは言えません.市内の移動はもっぱらGRTと呼ばれるバスかタクシーで,電車を利用したい場合は隣町のキッチナーというところへ行く必要があります.ウォータールー大学の学生であれば学生証を見せると無料でバスに乗ることができます.Uberもカナダでは一般的に普及しているため 何度か利用しました.
また,私は国際免許証を準備していたのでレンタカーもよく利用しました.左ハンドル右側通行であることと信号が赤でも安全確認すれば右折して良いことを除けば,交通ルールだけでなくインフラのつくり方も日本と似ていてすぐに慣れました.
現在鉄道を建設中なので,開通後はもう少し便利になると思います.
*気候
私が滞在する4月?9月は最も過ごしやすい時期と言われていて,4月は氷点下の日が多く雪も降りましたが,5月からの気温や湿度はとても快適です.6月と7月は少し暑く感じましたが日陰に入ると涼しく,週末になるとよくキャンプやハイキングに出かけました.8月に入ると急に秋の匂いがし始め,肌寒くなってきました.特に朝と夜はとても寒く,長袖が欠かせません.これから冬に向かって徐々に気温が下がり,真冬には氷点下20度ほどになるそうです.
*食事
一般的に日本人にとって北米の食事は大味で飽きると言われることが多いですが,ウォータールー大学の周辺には多国籍のレストランがたくさんあり,私はあまり気になりませんでした.いつもは寮の食堂で食事を済ませていましたが,週末に時々寮の友人と寿司,ラーメン,韓国料理,インド料理,パキスタン料理などを食べに出かけました.チップが15%から20%かかり,13%の税金が取られるため,3割ほど多めに支払う必要がありますが,水は無料であることが多く,あまりカルチャーショックを感じませんでした.
また,面白いことにウォータールーはテクノロジーの集積地であるのに,車で10分ほど行った所にセント・ジェイコブと呼ばれるテクノロジーを一切使わないメノナイト(アーミッシュと呼ばれることもあります)の町があります.週末のファーマーズマーケットでは野菜やドイツ料理,手作りのメープルシロップなどが販売されていて,ここへも何度か足を運びました.
大学の隣にあるKenzoラーメン (いつ行っても満席でした) | セント・ジェイコブの ファーマーズマーケット |
以上,このページだけでは書ききれないほど毎日色んな事がありましたが,少しでもこちらでの生活の様子が伝われば幸いです.