*前回の記事の内容に若干修正がございましたので、修正版を掲載させていただきます。
「機械工学、 ときどき ドラム」
機械工学科 教授 宮野尚哉
機友会会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか。機械工学科教員の宮野尚哉(みやの たかや)です。今回の会報を担当致します。当研究室の研究領域は非線形動力学です。詳細については下記のURLをご参照下さい。
http://www.ritsumei.ac.jp/se/~tmiyano/index.html
さて、話題ですが、機友会事務局からは、堅い話ではなく趣味等柔らかいものにして欲しい旨のアドバイスをいただいております。堅い話については上記URLをご覧いただき、以下では趣味の話をしようと思うのです。しかし、私、元来が堅い人間ですので、きっと堅い話になると思います。
私の趣味は、怪談、プラモ製作、ドラム演奏です。ロクなものがありません。全国の皆様に披露するほどの高尚な趣味はないのです。しかし、事務局の萩さんのアドバイスに従ってドラム演奏を取り上げてみます。
ポピュラー音楽のドラム演奏です。滋賀県に移り住んでからは、プロのドラム奏者である杉浦方彦(すぎうら まさひこ)先生(図1)の指導の下(レッスンは夜に行われるのです)、演奏を続けております。ドラム演奏を何年続けているかは述べません。
(図1 我が師匠:杉浦方彦先生)
杉浦語録1=「何年演奏しているかは問題ではない。その間、如何に工夫して成長したかが問題である。」
やはり堅い話になりつつあります。仕方がありません。私の報告ですから。プロのドラム奏者は、他の分野のプロと同様に、非常によく研究しています。機械工学の教育にも大変参考になります
標準的なドラムセットを図2に示します。図中の各楽器に番号を振っています。1はスネアドラム、2は第1タム、3は第2タム、4はフロアタム、5はベースドラム(バスドラムとも呼ばれます)、6はハイハットシンバル、7はライドシンバル、8がクラッシュシンバルです。機械工学に例えますと、1のスネアドラムが力学、2~8の各楽器が材料力学、流体力学、熱力学、…という具合でしょうか。フロアタム上に2本の木棒が置かれています。これがドラムスティックです。もう一つ重要な機材を忘れていました。椅子です。ベースドラムの手前に半分映っているのがドラムスツールです。
(図2 標準的ドラムセット)
ドラムスティックの持ち方には、レギュラーグリップ(図3)とマッチドグリップ(図4)の2種類があります。初めてドラムを演奏しようとする人ならば、おそらく全員が図4のマッチドグリップを選択すると思います。しかし、中学校や高校のブラスバンド部に入部すると、図3のレギュラーグリップを教え込まれます。何故でしょう。それは、行進しながら演奏するマーチングバンドではスネアドラムを肩から下げるので打面が右下がりに傾き、マッチドグリップでは演奏できないからです。レギュラーグリップはこの困難を解消するために考えられた奏法です。
(図3 レギュラーグリップ)
(図4 マッチドグリップ)
今日では、図2に示したようなドラムセットで演奏する機会の方が圧倒的に多いので、奏法に制約が多いレギュラーグリップよりも、力学的に自由度の高いマッチドグリップの方が良いと私は思います。そして、打面が傾かないようなスネアドラムの身体への固定方法を発明すればよいと思っていたら、実際にそのような装具が既に開発されているようです。因みに、ポピュラー音楽の最先進国たる米国では、若手ドラム奏者は多くがマッチドグリップで演奏しているそうです。
図2のドラムセットでは8種類の楽器があります。いずれの楽器もドラムスティックで叩いて音を出します(実際の演奏は「叩く」というのとはちょっとニュアンスが違うのですが)。例外は、ベースドラムとハイハットシンバルで、前者は右足で踏むキックペダルで打面を打って音を出し、後者は左足で操作するシンバルペダルを併用します。ドラムスティックで叩く楽器といえども互いに異なるので、同じフォームで叩くのではなく、それぞれに適したフォームで演奏すべきです。ところが、国内の多くのドラム教育の現場では、ベースドラムを除くと、スネアドラムを使ってドラムスティックの使い方を学びます。実際の演奏ではスネアドラム以外の楽器も頻繁に使うので、実は、このような練習法はかけた時間に比べて効果が少ないと言えます。
杉浦語録2=「実際の演奏と同じ状況で練習しなければ役に立たない。」
実用性を重視するならば、全楽器を均等に使ってスティックやキックペダルの操作を学ぶ練習方法の方が有効で、杉浦先生はこのような練習方法をall-in-oneと命名しています。そうです。この度、理工学部において開設されるall-in-one laboratoryという実験工房は、実は、杉浦式ドラム奏法教育からヒントを得て命名されたのでした。
クラシック音楽のみならずポピュラー音楽でも、1曲1曲をみっちり練習して、ほぼ完全に演奏できるまでは次の曲には進まないという積み上げ式教育が行われています。積み上げ式には良い点もありますが、ほどほどにしておかないと、喰らいついて行く根性は鍛えられても、演奏技術の上達が遅れます。そして、多くの人が最高点に到達する前に練習を止めてしまいます。同じことの繰り返しで飽きてしまうからです。
杉浦語録3=「脳は同じことを繰り返すと飽きる。飽きると学ばなくなる。」
様々な曲を練習する方が脳は飽きないので、学習効果が上がるのです。実はこの考えもall-in-one laboratoryの構想に影響を与えています。
ドラムスツールの話に移りましょう。ドラムスツールは高さを調節できます。私は背が高いので、長年、スツールを高く設定して使用していました。しかし、杉浦先生によると、重心の移動に適した高さに設定すべきであり、重心の位置制御方法は各人がこれまでの生活体験から獲得して来たものであるから個人差が大きく、背の高さと必ずしも相関があるとは限らないとのことでした。そこで、重心移動に関する私の癖をいくつかの運動テストで調べたところ、私にとってはスツールが低い方が良いと予想され、実際、演奏するとその通りでした。ドラムスティックの持ち方にも同じことが言えます。同じマッチドグリップでも、親指と人差し指を中心にスティックを握るか、小指と薬指を中心に握るかという選択があります。どちらも正解ですが、私は後者のタイプです。つまり、スツールやスティックの最適な使い方は人によって異なるのです。
杉浦語録4=「自分にとって最適な練習方法、取り組み方を自分で発見せよ。」
以上の話を機械工学やご自身のお仕事に置き換えて想像してみると、何か発見があるかも知れません。そういうことを期待しつつも、結局、堅い話になってしまいました。
私の研究室からもたくさんの卒業生が巣立って行きました。蓋し、彼らや彼女らにとって最適な教育方法は、きっと、個々人で違っていたのでしょう。
最後に自慢コーナーです。図5は2010年にポーランドのKrakowで開催された学会の懇親会で私がドラマーとして国際デビューを果たしたことを示すスクープ写真です。この懇親会では地元のバンドがアトラクションとして演奏してくれましたが、友人たちが私にドラムを演奏させるべくバンドのリーダー(ドラマー)に交渉した結果、国際デビューが期せずして実現したのでした。私の趣味はグローバル化されたと言えるでしょうか。
(図5 グローバル化)