「夢、それは実現するもの」。これは恩師大南正瑛先生の有名な言葉である。大南先生ご自身は周知の通り大学運営・改革などをも含む多くの分野で多数の夢を実現されたが,研究者としての夢の少なくとも一つは「ミクロとマクロをつなぐ材料変形・強度の新しい学理の構築」であったと認識している。より具体的には,微分幾何学概念を用いた新しい強度理論の展開・応用である。英文のご高書2冊を始め,先生の編著書の一つである「マイクロメカニックス入門」(オーム社)からも、この夢に対する先生の情熱が強く伺える(図1)。同書を先生ご自身から直々に頂いた際、
「貴兄がこの分野の研究を展開されることを大いに期待しています。
とくにComposite MaterialsのPlasticityの分野は有益でしょうし、
Computational Mechanicsとの結合も期待できます。
ご精進下さい。」
とのお言葉を頂戴した。僭越ながら、私の大南先生への最大の恩返しは、この夢を継承・発展させ、そして実現させたことにあると(勝手に)自負している。その証は拙書「Field Theory of Multiscale Plasticity」(FTMPと略称)である (図2)。この本には、新しい理論の構築という夢の実現に至る経緯・過程だけでなく豊富な応用例を含む、未来へ向けてのさらなる可能性が詰まっている。
上記「マイクロメカニックス入門」との出会いは筆者がまだ大学院生の時だった。研究室の本棚に何気なく置いてあったのだが、その内容は当時の自身の研究とは全く異なっていた。しかし、学位取得後に新しい塑性理論構築を模索するにあたって、この本は非常に有益であった。ちなみに主内容は故近藤一夫先生(東京大学計数工学科)が提唱された「非リーマン塑性論」と命名された理論体系に由来しており、その構築過程の膨大な足跡はRAAG Memoirsという論文集に残されている.この理論は国際的にも知られているものの、極めて抽象的なためか実際に活用・展開された例は古今東西ほぼ皆無であった。
簡単に言えば、FTMPは「非リーマン塑性論」における「曲率」という微分幾何学概念に相当するテンソル量である「不適合度」を「Computational Mechanicsと結合」させることで完成させた新しい塑性理論である。固体力学の文脈で「不適合度」とは,変位が唯一に決まらない度合い(不定性)を意味する。実際、FTMPの概念は非常に単純明快であり、変形中に材料に蓄積される余剰なひずみエネルギの”行き先”がこの「不適合度」である、と考えるのである。そうするだけで様々な空間秩序の自発的形成が容易に再現できる。その一例を図3に示す。上が実験観察(電子顕微鏡写真、下がFTMPによる解析結果であり、黒い領域がラダー状の転位下部組織(秩序)を示している。
変形中、余剰ひずみエネルギはこの秩序に蓄積され続け、蓄積しきれなくなると系外へと放出され、材料は破壊に至る。つまり、「不適合度」を加えるだけで、従来理論は、変形から破壊に至る自然な表現が可能な理論に早変わりするのである。こうして、この理論は様々な材料系や現象に適用できるようになる(図4)。いずれもこうした秩序の再現なくしては始まらない課題ばかりである。
惜しむらくは、出版が大幅に遅れたため、大南先生に”現物”をご覧いただけなかったことだ(ただし、数年前にドラフト版を見て頂き、コメントを頂戴している)。この新しい理論を広め、それに基づく新しい学問分野を構築することが、私自身の「次の夢」である。