シリーズ「鉄の利用:人類の遥かなる営み(3)」【宇宙・地球・生命・人類の起源と歴史】

鉄の利用:人類の遥かなる営み(3)」【宇宙・地球・生命・人類の起源と歴史】

酒井達雄(本学名誉教授/総合科学技術研究機構上席研究員)

本連載記事の起点として、本学のびわこ・くさつキャンパス(BKC)が大規模な古代製鉄遺跡にそのまま重なることを第1回目に、さらにその時代の国家形成のプロセスと古代製鉄との深い関わりについて第2回目に簡潔な纏めを試みました。読者は、これらの記事が相当古い時代の出来事を扱っているように感じられたかも知れません。しかし、古代オリエント(現在のトルコ付近)を支配したヒッタイト族により、世界で初めて製鉄が行われたのは紀元前1500年頃です。したがって、BKCに位置する古代製鉄遺跡が稼働していた6世紀~7世紀より2000年も以前に鉄器時代が始まっていた訳です。鉄に先立つ青銅器時代は紀元前3500年頃まで遡りますので、人類が金属を利用し始めたのは、BKCで製鉄が行われていた頃より4000年以上も前になります。このように考えると、大和朝廷の形成時代はそれ程古い話ではなく、むしろかなり現在に近い出来事のような気がします。また、金属の原料である鉱石は、どのような時代にどのようにして地球上に生成されたのか、さらに生命や人類がいつどのように地球上に現れて、やがて「鉄」を貴重な資源として利用することになったのか、興味は次々に膨らんできます。

このような観点から本連載記事「鉄の利用/人類の遥かなる営み」を纏めようとすると、BKCにおける古代製鉄遺跡を出発点にするのでは余りにも視点が限定され、人類の誠に遥かなる営為を俯瞰することは困難と思われます。やはり、生命や人類の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史を概観しておくことが欠かせません。そこで、今回は宇宙の始まりから現代に至る気の遠くなるような長大期間の大きな流れを、大胆に簡略化した解説を試みることとします。

宇宙物理学に関する書物を読むと、宇宙が誕生したのは今から137億年ほど前であり、ビッグバンと呼ばれる大爆発が原点との解説がしてあります。ビッグバンが発生する前は「時間」も「空間」もなく、ビッグバンがすべての始まりであって宇宙の原点であるとの説明があります。しかし、筆者の実感としてはこの解説を素直に受け入れる気にはなれません。説明がつかない部分を「ビッグバン」なる概念で無理やり説明しているに過ぎないように感じられるからです。とは言え、当該分野の専門家集団が広く共通の認識をされているのであれば、一市民としてこれを受け入れることにして、宇宙の原点から現在に至る137億年の超長年月における宇宙と地球の歴史、さらに生命や人類の歴史を、大胆な年表形式の1枚ものの説明図として示したのが、図3.1です。上記のとおり、137億年前のビッグバンを原点として宇宙が誕生し、飛び散った無数の物体が相互に影響しながら宇宙空間を動き回り、衝突や合体なども繰り返しながら、徐々に安定な位置に居場所を得ることになります。こうして120億年前には、銀河系がほぼ形成されたようであり、なお流動的な天体運動の過程で46億年ほど前に太陽系が形成され、地球が誕生したようです。誕生時点の地球は高温のマグマの塊りであり、個体でなく高温の液体でした。その後、数億年の内に地球が徐々に冷えて、表面が凝固することになりますが、この凝固は地球上における最初の岩石の生成を意味します。図中の地生代から分かるように、最初の岩石が形成された時代は「冥王代」と呼ばれます。したがって、この「冥王代」に色々な岩石が形成され、銅鉱石や鉄鉱石などの鉱石についても、この時期に地球上に生成されたことになります。

続いて、今から40億年ほど前の時代になって地球上にバクテリアなどの単細胞生命が誕生し、この時代を「始生代」と呼びます。生命はその後種々の進化を経て、22億年ほど前になると三葉虫などの多細胞生物が誕生します。この時代を「原生代」と呼びますが、この時代は極めて限られた種類の生物しかいなかったようです。しかし,5億年ほど前になって突然、極めて多くの種類の生命(動物・植物)が地球上に現れることになります。この生命の種類の爆発的増大を「カンブリア大爆発」と呼びますが、これは決して火山や地球の爆発を指す用語ではありません。この時期を「古生代」と呼びますが、さらに時代が経過して今から2億年くらい前になると、地球上には多くの恐竜が生息した時代があり、この時代を「中生代」と呼びます。そして、6千万年ほど前になると、いよいよ人類の祖先「類人猿」が誕生し、「新生代」に差し掛かります。ネアンデルタール人や北京原人のような原生人類の祖先が生まれたのは250万年くらい前の時代であり、地生代としては「更新世」に区分されます。文献によれば、人類はこの頃から石器を利用していたようであり、いわゆる「石器時代」が始まることになります。

その頃の人間の生活形態としては、図3.2に示すように、自然界にある草木の実や枝葉などを採集して食べたり、自然界に棲息する動物を狩猟して食料にしていました。したがって、小さな集団で天然の食料を求めて移動しながら、種族を守るような生活をしていました。しかし、今から1万年ほど前になると農耕が始まり、図3.3に示すように、大きな集団で定住して稲作や野菜類の栽培などにより食料を確保するようになりました。「更新世」に続くこの時代は「完新世」として区分されています。図3.1の右端に近い狭い領域に、我が国の古代史における「縄文時代」、「弥生時代」、「古墳時代」、「飛鳥時代」などの表記とともに、最右端に「現代」の表記がしてありますが、宇宙誕生以来、137億年の長い長い悠久の時の流れの中で、これらのいくつかの時代すべてを纏めても、ほんの一瞬にしか過ぎないことが分かります。

  

このような、いわば比較的最近(?)の250万年の期間における人類の進化の歴史、文明の進化の歴史は、大きく区分すると「石器時代」→「青銅器時代」→「鉄器時代」に区分されますが、ご存知のとおり、現在でもものづくり産業における主要な材料は「鉄」です。この意味からすれば、科学技術が著しく進んだ現代社会について、今もなお「鉄器時代」の延長線上にあることに気付きます。

さて、今回の記事は宇宙誕生から現在に至る悠久の時の流れを大掴みに把握することが趣旨であり、我々人類の祖先が250万年くらい前から生活の中で幅広く「石器」を利用していたことを紹介しました。図3.2や図3.3の生活様式をみるとき、採集や狩猟、さらに農耕や栽培などの種々の作業を行う上で道具としては「石器」だけを用いていた訳です。もちろん、枯れ木の幹や枝など、自然界の中で利用できるものはすべて有効利用しながら、食料や住居を確保し、営々と種族を存続してきました。ここで、狩猟の獲物を石器で切り裂いて人間が食べやすい形態に料理することを考えましょう。もちろん、包丁やナイフはない時代であり、石器に頼らざるを得ません。マンモスや猪の肉を切り裂くのは容易でないと思われます。また、切り裂いた肉を盛り上げるための金属製のお皿などはないので、木の幹を石器で穿ち、木の器などを用いていたようです。稲作が始まって刈り入れ時には、鋭い石器で穂だけ切り取っていたようです。竪穴住居を作る際も木を切り倒し、稲や萱を刈り集めてきて分厚い屋根を葺く作業も、これを石器だけで行おうとすると大変な困難を伴った筈です。このように、250万年ほどの長期間、石器だけで苦労しながら集団生活を営んできた我々の祖先が、ある時、「青銅」を使い始め青銅器時代が始まります。その後、しばらくして人類は突発的な偶然の出来事を契機として「鉄」を作ることに成功し、鉄器時代が始まります。この石器時代から青銅器時代を経て鉄器時代に至る人類の飽くなき努力の歴史と、喜怒哀楽の入り交じった人類の遥かなる営みが、次回掲載記事のテーマです。

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