「研磨は奥が深い」
機械工学科の谷泰弘と申します。田中武司先生の後任として2006年に着任し、早いものでもう12年目に突入しています。専門分野は田中先生と同じ砥粒加工の分野で、私は特に砥粒加工工具に関した研究開発を行っています。最近では切断工具と研磨工具に焦点をあてて、日々研究に邁進しております。長く大学の附置研究所に在籍しておりましたので、研究開発は大好きなのですが、講義は大の苦手です。150名を超える学生にいかに私語をさせずに講義を受けさせるか悪戦苦闘をしております。
皆さん、研磨ってご存知でしょうか。そんなことを申し上げると馬鹿にするなと叱られそうですが、意外にこの「磨く」という作業のことは知られていません。専門にしている私自身、知らないことが山ほどあります。それほど研磨は奥が深いのです。磨くというと砥石ややすりで包丁などの表面を滑らかにする、紙やすりで爪を磨くなどの動作を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。ところが、これは私が言っている研磨ではありません。切れ刃に砥粒を使っている点では同じなのですが、この砥粒が砥石や紙やすりなどでは接着剤で基材(工具)に固着されており、これらを使う加工は固定砥粒加工と呼ばれています。私が言っている研磨は遊離砥粒加工で砥粒が工具から離れています。ちょうど歯磨きを想像して頂ければいいかと思います。歯ブラシが工具で、歯磨き粉が研磨剤(砥粒)、そして歯が加工される工作物になります。
歯ブラシ(工具)は歯(工作物)よりも軟らかい―これが研磨の常識なのです。軟らかい方が砥粒を保持でき、工具の摩耗が少なくなるためです。固定砥粒加工では砥粒は工具に固定されているため、ひっかき作用をしますが、遊離砥粒加工では工具と工作物の間で砥粒は転動し、すりガラス(あるいは月面)のような面を作ります。すりガラスというと粗い面のように思われるでしょうが、砥粒が小さくなればその凸凹の程度は小さくなり、光り輝くようになります。この研磨の技術は古く、日本の三種の神器(鏡、勾玉、刀)はいずれもこの磨きものです。
工業的には研磨は能率よく行われることが望まれます。しかし、これが意外に難しいのです。もう一度歯磨きを想像してください。早く歯を磨こうとして、歯ブラシに力を入れても、早く動かしても、歯は早くきれいになるとは限りません。最近先端の形状や軟らかさを調整した歯ブラシが登場していますが、歯磨き粉をきちんと保持して歯に作用させることが重要なのです。
砥粒をしっかり保持するために研磨工具には種々の表面構造を持ったものが使われてきました。多孔質、不織布、人工皮革、植毛など色んな表面構造を持った研磨工具が使われています。しかし、その材質は軟らかさと耐摩耗性を併せ持つウレタン樹脂が主流でした。ウレタン樹脂は水溶性の研磨剤と相性があまりよくなく、濡れないため、砥粒の保持の点では劣っていました。しかし、比較するものがないため劣っているという感覚はなく、従来ガラス研磨に使われてきたピッチ(松やに)に比較すると逆に優れているという評価でした。ほかに選択肢がなかったのです。我々は水溶性研磨剤との濡れ性という観点でエポキシ樹脂に注目しました。しかし、エポキシ樹脂は硬くて脆いというのが常識で、ウレタン樹脂の多孔質体のような軟らかさを持ったエポキシ樹脂の多孔質体は世の中に存在しませんでした。そこで、エポキシ樹脂の主剤と硬化剤を見直し、ウレタン樹脂並みの軟らかさを持った多孔質体を世界で初めて開発しました。その結果、仕上げ面の粗さは同等で、研磨能率が数倍以上になるという驚くべき結果を得ました。この成果は2011年2月26日放映のNHKサイエンスZERO「レアアースが足りない/代替技術を開発せよ」で紹介されました。
エポキシ樹脂多孔質体