「コラーゲンは鉄より強い」
理工学部機械工学科 教授 山本憲隆
最近,インターネットで「コラーゲン」を検索すると,まるで健康食品や化粧品の添加物のように思われますが,コラーゲンは我々の体をつくっている生体組織(骨,腱・靭帯,真皮など)を構成しているタンパク質のひとつです.骨や腱・靭帯の力学的性質は骨折や腱・靭帯損傷などの疾病や治療に大きく関与しており,これら生体組織を構成しているコラーゲンの力学的性質を把握することは,バイオメカニクス(生体力学)の研究において重要です.
図1をご覧ください.これ,何かわかりますか?コラーゲン原線維です.太さは約500nmで,表面に67nmの規則正しい縞模様が見られます.からだの中では,線維芽細胞がコラーゲン分子を作っています.コラーゲン分子の直径は1.5nm,長さは300nmです.細胞内で作られたコラーゲン分子は細胞外に放出されると,これらが集まって原線維になります.そのとき,ちょうど4分の1づつずれながら規則正しく並ぶので,きれいな縞模様が見られるようになるわけです.
図1 コラーゲン原線維の原子間力顕微鏡画像. |
そこで,このコラーゲン原線維の引張試験を行いました.といっても,それほど簡単ではなく,いろいろと苦労しました.まず,直径が小さいので観察するのが大変です.普通の光学顕微鏡ではどんなに倍率を上げても見えません.そこで,暗視野観察という特殊な方法を使いました.次に,この細い糸のような原線維をどのように掴んで引張るかということになりますが,直径1mmのガラス棒の先端を直径2mm程度まで細くして,その先端に原線維の両端を巻き付けて引張りました.こときの原線維の伸びは顕微鏡画像上で計測し,荷重はガラス棒のたわみから求めました.材料力学で学んだ片持ばりの問題が役に立ちます.もう少し詳しく知りたい方は,こちらの論文をご覧ください(https://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaia/79/800/79_433/_pdf).
得られた引張試験の結果が図2です.湿潤状態では引張強度は約100MPa,乾燥状態では約700MPaでした.軟鋼の引張強度が約400MPaなので,コラーゲン原線維の強度はかなり大きいことがわかります.さらに,応力-ひずみ関係はほぼ線形で,破断時のひずみは約30%と大きくなりました.これらのことから,「コラーゲン原線維は,軟鋼よりも強くて,よく伸びる」と言えます.
図2 応力-ひずみ線図. |
それでは,次に,このコラーゲン原線維から,どのようにして,硬い骨から軟らかい真皮まで様々な力学的性質を持つ生体組織が作られるのでしょうか.硬い骨にはコラーゲンの他にカルシウム(ハイドロキシアパタイト)が含まれています.一方,軟らかい真皮にはコラーゲンよりも軟らかいエラスチンやプロテオグリカン(ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸など)が含まれています.生体組織は,これらの成分とコラーゲンの含有量の比率やコラーゲン原線維の配向(並び方)を変えることによって,様々な力学的性質を獲得しています.