「形状記憶合金アクチュエーターの動作原理」
大分大学 理工学部 創生工学科 機械コース 助教 山本隆栄
大分大学 理工学部 創生工学科 機械コースの山本と申します.私は1992年に機械工学科を卒業し,その後,博士前期課程(修士)と博士後期課程(博士)を修了して,1997年に大分大学に着任しました.立命館大学在学時の所属研究室は,大南先生と坂根先生の研究室でした.たぶん私が大南先生の最後の学生だと思います.2018年3月に開かれました『大南先生を囲っての食事会』には私も出席しました.大南先生や普段お会いすることのない先輩方と有意義で楽しい時間を過ごさせていただきました.
私は「Sn-Pb系はんだの引張・圧縮-繰返しねじり応力下における多軸クリープ疲労寿命評価に関する実験力学的研究」というテーマで学位を取得し,現在も多軸疲労の研究に継続的に取り組んでおりますが,今回は,ご縁があって8年ほど前に始めました「形状記憶合金アクチュエーターの位置・荷重制御システム」の研究に関連する「形状記憶合金アクチュエーターの動作原理」を紹介させていただきたいと思います.
形状記憶合金(Shape Memory Alloy,以下SMA)が有する形状記憶特性と超弾性特性はマルテンサイト変態に起因する現象です.マルテンサイト変態とは,原子の連携運動により引き起こされる原子無拡散のせん断変形による構造相転移で,無拡散変態ともいいます.マルテンサイト変態を起こす前の高温相である母相(austenite phase: A相またはオーステナイト相)を冷却して材料固有のマルテンサイト変態温度に達すると,母相中にある原子が個々にではなく,全体として連携を保ちながらせん断的に結晶構造変化を起こし,低温相であるマルテンサイト相に変態します.この冷却時の変態をマルテンサイト変態,または正変態といい,加熱時にマルテンサイト相から母相に戻ることを逆変態といいます.一般的な相変態は熱により原子がランダムに動くことによる拡散変態であり,相変態前後での原子の場所は予測不可能で,不可逆変態であります.しかし,マルテンサイト変態による相変態が起こっても原子の相対的な位置は保たれているので可逆変態となります.
SMAの変形機構の概略図を図1に示します.SMAのマルテンサイト変態では,不可逆的な格子欠陥が導入されず,形状変化が起こらないように自己調整機構により種々のマルテンサイトバリアントが生成されます(a→b).この状態では,お互いのひずみを緩和しあうような形状になるため,マクロ的には形状の変化は見られません.これに負荷を与えると応力に対して最も安定な方向のバリアントが成長します(b→c).これをバリアントの再配列といいます.このバリアント再配列とともに形状変化が起きます.完全に単一のバリアントとなっても,マルテンサイト相と母相の格子対応は保たれているため,加熱により逆変態終了温度(Af)以上になり母相状態に戻ると,完全に元の結晶格子に戻り形状が回復します(c→a).これが形状記憶特性のメカニズムです.
また,このAf以上の温度下で負荷を与えることでも,マルテンサイトバリアントを成長させ,可逆的な形状変化を生じさせることができます.これを応力誘起マルテンサイト変態といいます.この負荷を除荷するとその時点での温度がAfを超えていて母相が安定であるため,瞬時に逆変態が起こり形状回復します.これが超弾性特性のメカニズムです.
図1 SMAの変形機構の概略図
SMAアクチュエーターは,SMAにひずみを負荷した後,SMAを加熱して形状回復させ,そのときに発生する回復ひずみをアクチュエーターの変位,回復応力を駆動力として利用しています.図2はSMAアクチュエーターの基本構造を示したものです.SMAアクチュエーターに通電し,それによって発生するジュール熱でSMAを加熱し,通電OFFすることによりSMAを空気冷却します.SMAの形状記憶特性は,通常,記憶した形状に回復するだけの一方向性であるため,ストローク運動を起こすためには再度ひずみを負荷する機構が必要となりますが,そのためにバイアスばねなどでバイアス荷重を与えるバイアス型や,SMAワイヤあるいはSMAばねを拮抗的に配置し,差動的に加熱・冷却してストローク運動を行う拮抗型などが研究されています.また,SMAそのものにその機構をもたせる二方向形状記憶特性の研究も行われています.
図2 SMAアクチュエーターの基本構造